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横浜地方裁判所 平成10年(行ウ)13号 判決 1999年3月24日

原告

紺野栄司(X)

被告

(平塚市長) 吉野稜威雄(Y)

右訴訟代理人弁護士

石井幹夫

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第三 当裁判所の判断

一  本案前の争点(本件訴えの適否)について

地自法二四二条の一項は、監査請求の対象とした同法二四二条一項所定の財務会計上の行為又は怠る事実について住民訴訟を提起すべきものと定めているが、住民が監査請求において求めた具体的措置の相手方と同一の者を相手方として右措置の同一請求内容による住民訴訟を提起しなければならないとまでは定めていない。また、地方公共団体の住民は、監査請求をする際、監査の対象である財務会計上の行為又は怠る事実を特定して必要な措置を講ずべきことを請求すれば足り、措置の内容及び相手方を具体的見明治することは必須ではなく、仮に執るべき措置内容等が具体的に明示されている場合でも、監査委員は監査請求に理由があると認めるときは、明示された措置内容に拘束されずに必要な措置を講ずることができると解されるから、監査請求前置の要件を判断するために、監査請求書に記載された具体的な措置の内容及び相手方を吟味する必要はないといわなければならない。そうすると、住民訴訟においては、その対象とする財務会計上の行為又は怠る事実について監査請求を経ていると認められる限り、監査請求において求められた具体的措置の相手方とは異なる者を相手方として右措置の内容と異なる請求をすることも許されると解すべきである(最高裁判所第二小法廷平成一〇年七月三日判決・判例時報一六五二号六五頁参照)。

これを本件についてみるに、前記第二の一5の事実によれば、本件監査請求においては、財務会計上の行為として本件公金の支出の違法が指摘されており、本件訴えにおいてもその点に変わりはないから、原告が本件公金の支出について当該職員である被告に対し本訴請求を提起したからといって、これが監査請求前置の要件に欠けるということはできない。

したがって、原告の被告に対する本件訴えは適法というべきであり、被告の本案前の主張は理由がない。

二  本案の争点(本件公金の支出の違法性の有無)について

1  〔証拠略〕によれば、以下の事実が認められる。

(一)  平塚市は、「平塚市廃棄物の減量化、資源化及び適正処理等に関する条例」及び同規則に基づき、廃棄物の減量化、資源化及び一般廃棄物の適正な処理並びに清潔なまちづくりの推進その他市長が必要と認める事項について、市長の諮問に応じて調査、審議するため、平成八年六月、審議会を設置した。審議会は、市長が委嘱し又は任命する委員一二人以内(市議会の議員一人、市民団体等の代表者七人以内、学識経験を有する者二人以内、関係行政機関の職員一人、市の職員一人)をもって組織するとされ、任期は二年とされている(同条例九条二項、三項、同規則三条)。審議会の事務局は平塚市環境部環境衛生管理課に置かれ、その職員が庶務的仕事を担当している。審議会は、設置されて以来、まだ市長から諮問を受けていないが、ごみ焼却施設から排出されるダイオキシン問題等について認識を深めるなどしている。

(二)  審議会は、平成九年六月二四日、平成九年度の第一回会議を開催した。席上、平塚市のダイオキシン問題等に対する対応について、平塚市環境衛生センター場長から報告があり、引き続き、平塚市の「環境元年(平成九年度)」の取組みについて、環境衛生管理課主幹山田清徳から報告があった。そして、廃棄物対策の先進都市の視察として、同年秋に視察旅行に行くこと、視察先は、牛乳パックからトイレットペーパー等の再生紙を製造している静岡県富士宮市の信栄製紙株式会社と、廃棄物焼却処理、余熱の利用、生ごみの有効利用等を行っている甲府市環境センターとすることが了承され、詳細は会長(才木義夫)が事務局と協議して決めることになった。この視察先は事務局が選定したもので、事務局が右の二つを視察先として選択したのは、平塚市が廃棄物の焼却処理による公害の発生を抑制し、ごみの資源化を推進するため中間処理施設の整備、資源化整備事業を進めていること、また、廃棄物による環境負荷の軽減に向け、ごみの減量化、リサイクル化を推進していることから、牛乳パックから再生紙を製造している信栄製紙株式会社と、廃棄物の資源化を行っている甲府市環境センターを視察することは、審議会の委員の見識を深める上で有益と判断されたからであった。

(三)  その後、事務局は、視察日時、行程等の検討に入った。事務局は、旅行業者伊豆箱根トラベル株式会社とも相談の上、視察日時を平成九年一〇月一五日から一六日までの一泊二日とし、一日目に富士宮市の信栄製紙株式会社を視察し、二日目に甲府市環境センターを視察して帰るルートとし、宿泊地は甲府市環境センターに近い石和温泉とし、宿は京水荘とする、交通手段は平塚市のマイクロバスを使用し、行程の途中、一日目は白糸の滝観光ドライブインで、二日目はレストラン甲州路でそれぞれ昼食のための休憩を取るという案を作成した。事務局は、視察先が富士宮市と甲府市の二か所にわたり、余行程が約三〇〇キロメートルに及ぶこと、委員には七九歳の者一人、七二歳の者一人、六〇歳代の者三人がいること、市役所のマイクロバスを利用して行くことにすることから、当初から一泊二日の行程を計画し、日帰りにすることは考えなかった。事務局は、右のような詳細な日程を決めた後、これについて会長の了承を得たので、平成九年九月下旬、各委員に電話で参加の有無について確認を取ったところ、九人の委員から参加の回答を得た。そして、事務局は、随行の職員として、環境部環境衛生管理課主幹山田清徳と同課長補佐木内幹雄とを選定した。

(四)  本件視察旅行の参加者は、平成九年一〇月一五日 午前八時一〇分平塚市役所に集合し、午前八時二〇分、市役所のマイクロバスで出発した。当日、都合により、参加予定の原喜市委員(七九歳)が欠席したため、参加者は、委員八人、随行職員二人(山田清徳、木内幹雄)及びマイクロバスの運転手(平塚市職員宮綺誠)の合計一一名となった。本件視察旅行の具体的行程は、別紙「日程」及び以下のとおりであった。 (一日目)

秦野中井インターチェンジから東名高速道路に入り、途中足柄サービスエリアで休憩を取り、富士インターチェンジで高速道路を出、最初の視察先の信栄製紙株式会社に午前一〇時一五分ころ到着した。午前一〇時二五分から午後零時一〇分ころまで同社内を視察した。最初に会議室で担当社員から会社の概要等の説明を受け、その後工場の中を案内してもらい、再生紙のできる過程を説明してもらった。その後会議室に戻り、質疑を行い、信栄製紙株式会社での視察を終えた。その後、甲府市方面に向かい、自糸の滝観光ドライブインで昼食を兼ねて午後零時四〇分から午後一時三〇分まで休憩した。委員の中には、右の休憩中に、近くにある白糸の滝を見学に行った者もいた。その後、右ドライブインを出発して、宿泊地に向かい、途中トイレ休憩を兼ねて武田神社に立ち寄り、宿泊先の京水荘に午後四時一〇分ころ到着した。 (二日目)

午前八時一五分京水荘を出発し、午前八時三五分ころ甲府市環境センターに到着した。初めに会議室で甲府市のごみ処理状況や施設の概要説明を受け、その後、午前一一時一五分ころまで、ごみ焼却場、破砕場、リサイクルプラザ等の施設を見学し、係員から説明を受け、次いで会議室に戻って質疑等を行い、同センターでの視察を終えた。その後帰路につき、レストラン甲州路で昼食を兼ねた休憩を取り、勝沼インターチェンジから河口湖を経て御殿場に向かい、御殿場インターチェンジから高速道路に入り、午後四時三〇分ころ平塚市役所に到着した。その間、都留と足柄で休憩を取った。

以上のとおり認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

2  右認定の事実を前提として、一泊二日の行程で行われた本件視察旅行の是非等について、以下検討する。

(一)  まず、審議会が、視察先として、富士宮市の信栄製紙株式会社と甲府市環境センターを選択したことの当否について見るに、平塚市は、廃棄物の焼却処理による公害の発生を抑制し、ごみの資源化を推進するため中間処理施設の整備、資源化整備事業を進め、また、廃棄物による環境負荷の軽減に向け、ごみの減量化、リサイクル化を推進しているところ、このような廃棄物処理の問題について、市長からの諮問に応えるべく設置された審議会の委員が、牛乳パックから再生紙を製造している信栄製紙株式会社と、廃棄物の効率的な処理とリサイクル化を行っている甲府市環境センターとを視察することは、それなりに意義のあることであり、有益であると認められるし、当時審議会が設置されて日も浅く、委員も廃棄物処理に関し専門外の人たちで構成されていたことを考慮すれば、その関心と見識を深めてもらう上でも意味のあることであると認められる。したがって、審議会が前記の二つの視察先を選定したことは妥当であり、そこに格別違法な点は見受けられない。原告は、この視察先について、審議会がことさら遠隔の地を視察の対象地に選択したかのようにいうが、証人山田清徳の証言によれば、平塚市と同規模の市において、右のような施設のあるところは他に容易に見い出し難いことが認められるから、審議会がこの二つの施設を選択したことをもって、違法視することはできない。

(二)  次に、審議会が本件視察旅行を一泊二日の行程にしたことの当否について検討するに、前記認定のように、本件視察旅行は、富士宮市、甲府市の二か所の施設を視察するというものであり、全行程は約三〇〇キロメートルに及び、交通手段として市役所のマイクロバスを利用するというものであるから、これを日帰りで行うということは、視察時聞、道路状況等をも考慮に入れれば、もともと困難というべきであり、加えて、本件視察旅行を計画した当時、参加する予定の委員には、七九歳一人(当日欠席)、七二歳一人、六〇歳代三人が含まれていたのであるから、行程にある程度ゆとりを持たせ、一泊二日としたことは相当というべきであり、そこに格別違法な点があるとはいえない。

なお、原告が指摘するように、本件視察旅行は、宿泊地を石和温泉としているが、証人山田清徳の証言によれば、審議会が石和温泉を宿泊地に選んだのは、ここが、二日目に視察に訪れる予定の甲府市環境センターに近く、行程上有利と判断されたからであると認められる。また、一泊を必要とする以上、泊まりの機会に委員同士の親睦を深める目的から、過大な費用を要しない限度で、温泉地を宿泊先に選ぶこともあながち違法とはいえまい。宿泊費が一人一万四五〇〇円であることからして、本件の宿泊地の選定に格別違法な点があったとすることはできない。

また、原告は、本件視察旅行の参加者が白糸の滝、武田神社を見学していることを問題とするが、前記認定のように、白糸の滝は、昼食のために立ち寄った白糸の滝観光ドライブインに近く、そこで休憩中に、一部の参加者が時間の合間を縫ってこれを見物しに行ったというにすぎないし、また、武田神社も、トイレ休憩を兼ねて立ち寄ったというにすぎず、いずれも、もともとこれを見物する予定で行程が組まれていたものとは認められないし、視察の合間に効率的に観光名所を見ることも有益であろうから、本件視察旅行の行程上、これらの場所に立ち寄ったからといって、それを違法視することはできない。そして、本件視察旅行は、これを全体として見ても、本来の目的を逸脱してされたとか、視察旅行に藉口して慰安等の目的でされたと認めることはできない。

(三)  以上のとおり、本件視察旅行は、審議会の委員の見識を深めるためそれなりに意義のあるものであったのであり、これを一泊二日の行程としたことにもそれなりの理由があり、時期が平成九年秋で、費用的にも一人一万九〇〇〇円から三万三〇〇〇円宛であるから、本件視察旅行が泊付きであった点で無駄であるとして、それに伴う公金の支出が地自法二条一三項、地財法四条一項に違反するということはできない。

もちろん、このような視察がそれほど有意義で、それが行政にどのように生かされているかを積極的に認定することのできる証拠はないし、近時のひっ迫財政下で予算を最も上手に組むとした時に、本件視察がどのくらいの優先順位に位置づけられるかには、原告ならずとも意見がある者が多いかもしれない。しかし、裁判所が本件のような住民訴訟の場で言えることは、本件視察旅行に使われる公金の支出に著しい裁量違反がないかということにつきるのであり、その見地からは右に見たとおり、格別違法視すべきものは見当たらないのである。

3  なお、念のため、本件視察旅行に伴い支出された公金の法令上の根拠等について一暼すると、以下のとおりである(〔証拠略〕)。

(一)  審議会の委員の費用について

旅費は、平塚市のマイクロバスを使用したので、支給されない。報酬と宿泊料が支給の対象となる。

報酬は、審議会の委員が非常勤の特別職であることから、「特別職の職員で非常勤のものの報酬及び費用弁償に関する条例」一条において、「別表のとおりとする」と定められており、その別表の定めによると、日額一万一七〇〇円である。

宿泊料は、平塚市旅費支給条例一一条一項において、「別表第1に定めるところに従い定額によりこれを支給する」と定められており、その別表の定めによると、一夜につき一万四五〇〇円である。

(二)  随行職員及び運転手の費用について

旅費は、審議会の委員と同様の理由により、支給されない。日当と宿泊料が支給の対象となる。

日当及び宿泊料のいずれも、平塚市旅費支給条例一一条一項において、「別表第1に定めるところに従い定額によりこれを支給する」と定められており、その別表の定めによると、日当は二二〇〇円、宿泊料は一夜につき一万四五〇〇円である。

なお、運転手宮崎誠の宿泊料については、右に従い、当初一万四五〇〇円が支給されたが、宿泊先の京水荘が五二五〇円を割引きしたため、後日、宮崎誠から平塚市に右金額と精算日までの利息が精算戻入された。

(三)  前記第二の一4のとおり、本件公金の支出は、右の(一)(二)に従いされているから、そこに格別違法な点は存在しない。

4  そうすると、本件公金の支出に、原告の主張するような地自法二条一三項、地財法四条一項に違反した違法があるとはいえないから、それについて被告に指揮監督上の義務違反があったということもできない。

三  結論

よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 近藤壽邦 弘中聡浩)

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